翻訳家&通訳者エリーの部屋

とある日本人主婦英語翻訳家・通訳者のブログです。

翻訳家や通訳者になるために長期留学は必要か?

私の翻訳家や通訳者としての活動はまだまだ未熟で微々たるものですが、語学の道を志す次の世代の方々のために、私が実践してきた語学学習の方法を、僭越ながら紹介したいと思います。

私が持っている主な資格は、英検1級とTOEIC920点です。他には、過去の制度の資格ですが、ボランティア通訳検定A級を所持しています。

世の中にはいとも簡単に上記のような資格を取得してしまうスーパーキッズや天才もいらっしゃるようですが、私にとっては、そう簡単なものではなく、自分なりに地道に懸命に努力を続けてきた結果であると信じています。

語学を極めるには長期の留学が絶対必要だとお考えをお持ちの方も多いかとは存じますが、私は、この仕事をするために、長期の留学が必要不可欠だとは限らないと思います。留学経験はたしかにないよりあったほうがプラスだとは思います。しかし、私たちは今日、日本に住みながら留学と同じような環境に身を投じることが、不可能ではない時代に生きています。

ちなみに、私には少なくとも長期の留学経験はありません。渡航経験は、二週間程度の短期のホームステイが最長で、後はフリープランの海外旅行が数回程度です。

大学生になるまで、公立の学校や学習塾以外で英語を学んだ経験が、私にはほとんどありませんでした。それが今の私に、帰国子女のような人々とどんな違いをもたらしているのかは、少なくとも思想的、精神文化的には無視できないと思います。日本生まれの日本育ちのバイリンガルとして生きる事を選んだことは、私の生き方の選択に強く影響していると思います。

例えば、「親から授かった体には傷をつけてはいけない」という儒教的思想は、私が決してピアスや刺青に手を染めたことがないことに影響しています。日本国内で英語を学ぶということは、外国の文化的価値観を自分のものとせずに学ぶという結果を私にもたらしています。家族や目上の人々を大切にする文化的価値観や、女性としての役割意識など、もし海外に長期留学していたら、放棄していたかもしれない価値観を、私は強く抱いていると思います。

しかし、少なくとも、大人になってからであれば、異文化に接した時、自分が持っている価値観が、絶対的に正しいものではないということも理解できるようになります。もっとも、大人になってから受けるカルチャーショックは、子供の頃に同じ経験をするよりも大きな衝撃を及ぼすことが多いと思います。それについては、特に私のような存在にとって、大人になってからでもメンタル的な柔軟性が保てるかどうかに、この仕事を続けられるかどうかがかかっていると思います。

私が長期留学の道を選べなかった理由は、日本社会の階段を踏み外すことへの不安感が強かったことが大きいと思います。私の親にとって留学は、日本社会からの逃避のような感覚で捉えられていましたし、留学が日本で仕事に就くために必要不可欠であると考えられない環境で育った影響はとても強いです。

それでも、語学へのあくなき情熱に関しては、帰国子女に負けない自信はありますし、それなりに努力をしてきたつもりです。

まだまだ自己研鑽を続けたいという意欲だけは旺盛ですし、何よりやはり語学は楽しいものです。

近々、久しぶりに通訳の仕事頼まれる可能性があるので、ブランクを埋めるために語彙力とリスニング力を増強しようと、蔵書の山に埋もれていたアルクのPOWER WORDSを引っ張り出しました。最上級レベルで、英検一級のさらに上を目指す語彙レベルです。

ドライブ中にCDを聴いてリスニング力を鍛え、隙間時間に聴いた単語と例文の意味を確認する、という地道な勉強です。

通訳と言えば華やかなイメージを抱かれやすいですが、結局はこういう地道な努力の積み重ね結果として、お仕事の依頼を頂けるのです。地道な訓練を楽しむことができるようになることが、プロへの道に邁進できている証拠なのです。

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この英単語集、既に絶版になっているようで、Amazonで中古で購入できますが、中には2万円という法外な値段が付けられているレベルもあったので驚きました。大事な蔵書に価値が出ると嬉しいですね。

 

  

語学の道は自由への道

私が翻訳家、通訳者への憧れを抱き始めたきっかけは、ありきたりですが、ある英国人ロック歌手が出演している、「ラビリンス魔王の迷宮」という映画をテレビで観て、ファンになったことでした。

 

デヴィッド・ボウイさんとの邂逅は、私の人生に強い影響を及ぼしました。

彼の声、容姿、ファッション、そして役柄の裏側に隠された彼の人間性に、強く惹かれました。

当時はレコードの時代でしたので、近所の音楽ショップで売られていた彼のレコードを、お小遣いで買い集めました。

彼の歌詞は難解でしたが、当時私が抱えていた、誰にも相談できない宗教的な悩みに、ある一つの答え

をくれる歌がありました。それは「ラビング・ジ・エイリアン」という歌でした。

 

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私の家庭は、父が某宗教団体の熱心な信者でしたので、私も幼い頃から家庭で厳格な宗教教育を受けました。宗派が違う神社仏閣でお参りすることは禁止され、おみくじを買うことさえ許されませんでした。修学旅行で太宰府天満宮に訪れた時にも、みんなが参拝している間、私と同じ宗派の生徒たちと一緒にかたまって境内でじっと立って待っていたことを良く覚えています。

私は、中学時代は少なくとも自分の校内では勉強の成績だけはずば抜けて良かったので、その宗教団体の子供のリーダー的グループに推薦され、「お経を沢山唱えたのでトップの成績が取れた」などというスピーチをさせられました。

事実は、私は小学校時代から中学時代にかけて、いじめの対象にされていたので、その辛さを克服しようと、仏壇に向かって毎晩のようにひたすらお経を唱えていた記憶はあります。

でも、勉強の方は、本当は小学校から通っていた塾での勉強の成果であると、私は考えています。

私はスピーチの内容を書き直させられたことが、一生忘れられないトラウマになってしまっているのです。

ボウイさんのその歌の歌詞には、こうありました。

But if you pray
all your sins are hooked upon the sky

Pray and the heathen lie will disappear

でも、祈れば全ての罪が空に吊るし上げられる

祈りなさい、そうすれば異教徒の嘘は消えていくだろう

英文法もまだろくに理解していなかった中学校一年生の時、初めて買ってもらった英和辞典を使ってこの歌を自己流で解釈し、まるで私の人生の問題に一つの答えを与えてくれているような、慰められるような不思議な気持ちになっていたのです。

私は、今思うと、子供ながらに、外国語というものは、日頃母国語では語られることがタブーとなっている話題について、語ることが許される手段となり得る可能性に惹かれたのだろうと思います。

英語を話すということは、自由に話すということ、英語を訳すということは、自由な思想を訳すということなのだと。

私は、次第に翻訳家や通訳者となる道を追い求めるようになっていきました。その歩みは、今思い返してみると、自由への道の模索に他ならなかったのです。

 

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自己紹介

はめまして。

主婦でフリーランス在宅翻訳家のEllyと申します。

昼間はとある電気設計会社でパートとして船舶電装設計業務もしています。

以前は進学塾で中学校と高校の英語を教えてもいましたが、妊活のため辞めました。

翻訳家または通訳者になることは、中学生だった時からの夢でした。当時は、英語教育の中でも、特に会話力に向けられる努力が、特に一般の学校ではとても少なく、留学経験がほとんどない私は、ずっと孤軍奮闘してきました。

思い返せば、キャリアの面では紆余曲折の年月でした。英語専攻で大学を出てすぐには、翻訳家として身を立てる力量もなく、自分が本当にやりたい仕事を見つけることに苦労しました。派遣社員としては何度も派遣先が変わったり、自分自身も一つの仕事を続けることができず、何度も転職を繰り返しましたが、結婚前にやっと今のキャリアスタイルで腰を落ち着かせました。

転職を繰り返した結果、様々な業種を経験したことが、のちの翻訳家として働くための下地にもなっているということが、せめてもの救いです。

ようやく翻訳家、通訳者として世間様に認めていただけるようになったと思えば、結婚して子育てが最優先事項になり、思い通りに仕事を請け負うことができない立場になっていました。

それでも、根性で細々と翻訳業務を体力の許す範囲内で請け負っております。

こんな私ですが、どうぞ宜しくお願い致します。